本記事は、2017年12月14日に「ネタりか」(運営元:ヤフー株式会社)で公開された記事を転載したものです。「ネタりか」が閉鎖されたため、許可を得てこちらにアップしました。
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こんにちは、鹿児島ライターのちえです。
突然ですが皆さん、温泉蒸し料理って食べたことありますか?
別府・鉄輪(かんなわ)温泉の「地獄蒸し」は全国的にも有名ですよね。
鹿児島で温泉蒸し料理を作るところと言えば、鰻温泉のある指宿市「鰻地区」が有名です。なんと、各家庭に温泉の蒸気を活用した“スメ”と呼ばれる窯(かま)があるのです!
▲こちらがスメ。蒸気が吹き上がっている
普段、当たり前のようにスメを利用している人は、どのようなごはんを食べているのでしょうか?
というわけで今回は、実際に鰻地区に行ってスメを活用した料理を見せてもらおうという、「突撃!隣の晩ごはん」みたいな企画です。
それでは、さっそく行ってみましょう!
鰻温泉へ
鰻温泉は鰻池の湖畔にある小さな温泉地です。
元は、火山の火口湖だった鰻池。周囲を緑深い山に囲まれた神秘的な景観です。
ここは温泉と宿が数軒だけのゆったりした空気感。西郷隆盛が湯治をした場所として知られています。
至る所で温泉の蒸気が吹き上がっている様子を見ることができます。
はたして、温泉蒸し料理を見させてくれる人はいるのでしょうか? 私はヨネスケさんではないし、デカいしゃもじも持っていませんが…
あたりをウロウロしていると、こちらの女性と出会いました。お名前は、三浦和子さん。
「ごはんをご一緒させてください!」とお願いしたところ、なんと快諾。もっと警戒されると思っていたのに、1人目からの取材交渉OKでした! 鰻地区の人、優しい……。
鰻地区の人は、どんなごはんを作っているの?
和子さんに聞くと、スメでは芋や卵を蒸すくらいで、毎日使っているわけではないとのこと。今日の夕飯にも使わなかったそう。地元の人にとっては特別なものではないのかも。
和子さんの晩ごはんはすでに用意してあったので、私が持参した食材を一緒に蒸してもらうことに。
材料を洗って、ざるに食材を並べます。野菜類とシャケ、うどんを蒸しました。
スメにざるを置いたら、上から青い網をかぶせて、
だん袋をかぶせます。だん袋とは、収穫したイモを入れる麻袋のこと。袋をしっかりかぶせて蒸気を閉じ込めないと蒸し上がらないそうです。しばらく待ちましょう
和子さんは「民宿うなぎ荘」の女将さんでした!
この宿は、映画・寅さんシリーズ34作目『男はつらいよ 寅次郎真実一路』のロケ地になったのだとか。
南薩摩が寅さんの舞台になったことは知っていましたが、この「民宿うなぎ荘」についてはまったく知りませんでした。看板に「寅さんのロケ地」と大々的にうたっているわけでもなく、「民宿うなぎ荘」は鰻地区ののどかな集落に、静かに溶け込んでいました。
蒸し上がりを待ちながら、和子さんにお話を聞いてみました。
寅さんも訪れた「民宿うなぎ荘」
▲お茶を淹れてくれる和子さん
――宿を始めて何年経ちますか?
もう35年くらいかしら。旦那さんと一緒に始めてね。旦那さんが数年前に亡くなった後は、近くに住む息子夫婦に手伝ってもらってるの
▲お茶うけに、自家製のハヤトウリの漬物をいただいた
――お客さんはどのくらい来ていますか?
もうほとんど来ないわよ。今は月に2〜4人くらいかしら。11月はこのまま予約が入らなければ0人。最近は皆さんネットで予約するんでしょう? 私はネットとかよくわからないし、特別どこかで宣伝もしていないし。もう81歳だからね。でも、菜の花マラソン【※】の時期は必ずたくさん泊り客が来るから。毎年来てくれる人もいてね。
※毎年1月、指宿で菜の花が綺麗に咲くころに開催される人気の市民マラソン
壁には訪れた芸能人のサインが並んでいます。添えられたコメントひとつひとつに目を通すと、誰にでも親切に接する和子さんの温かい人柄がうかがえます。
――寅さんのロケ地になったんですね!
監督さんが前もって下見に来て「撮影させてください」とお願いされて。鰻池を見て、この辺りを歩いて回ったみたいで。
――寅さん役の渥美清さんも来たんですね!
ロケで忙しくしていらっしゃったけど、お昼にはうちの鰻重を「うまいねぇ」と食べてくださって。スタッフさんと総勢で30人くらい、うな重や鯉こくを食べられたわ。
それから33年経った今も、そのメニューは変わらずにあります。鰻は指宿で養殖しているものを仕入れているそう。鰻池でも、昔はその名の通り鰻の養殖をしていました。
話しているうちに食材が蒸し上がりました。
お刺身やごはんを分けてくれました。温泉の蒸気で蒸すことで、野菜は甘みが増していて、サケは身が引き締まっていておいしい! 肉や魚は蒸気によって余計な油が落ちるのだとか。
次の日の朝に、スメで朝ごはんを作ってくださるそうで、再訪の約束をしました。
翌朝
和子さんがサツマイモを蒸かして待っていてくれました。サツマイモなどの根菜類は蒸すのに時間がかかるので、30分ほど蒸したそう。
貝汁をよそってくれます。鹿児島ではあさりのみそ汁のことを貝汁と呼びます。
▲ごはん、貝汁、卵、納豆、漬物(梅干し、オクラの佃煮)、スメで蒸した卵とサツマイモ
和子さんの朝食は大体こんな風に、ごはんに漬物、汁物、納豆、卵とシンプルなものだそうです。
ちょっと変わっているのがこのオクラの佃煮。指宿市はオクラが名産なのですが、たくさん採れるのでこうして佃煮にするのだとか
サツマイモが甘くておいしいです。しっとりした食感で食べやすい。
「今日は11時から公民館に体操に行く」という和子さん。同行させてもらえることになりました。公民館に集まる地域の方にもスメの話を聞きたいと思います。
鰻集落の人にスメの使い方を聞いてみた
週に1回、午前中に集まって1時間ほど簡単な運動をしてお茶を飲むそうです。一緒に運動をしてお話を伺いました。皆さんの家の庭にはスメがあります。
和子さんと同じで、普段蒸すのは卵や芋など。また、煮しめの材料を鍋にいれて、スメにかけておくこともあるそう。とはいえ温泉の蒸気では温度が上がり切らないので、ガスも併用するそうです。
▲スカットボールを楽しむ様子。球を打って、穴に入れて点数を競う
4月になったら孟宗竹(もうそうちく)が生えてくるので、朝採れたての新鮮なたけのこをそのまますぐスメで蒸すそうです。スメで蒸すことで、やわらかくおいしく仕上がるのだとか。そうして蒸したたけのこを煮しめや酢みそ、天ぷらなどさまざまな料理に使います。
酢と水に浸けて保存しておけば、一年中使えます。
そのほかお正月などのハレの日には、赤飯をスメで蒸しあげて作るのだとか。甘くておいしい赤飯になるそうです。
最後に
お世話になったお礼として、和子さんの畑で少しだけお手伝いさせていただきました。
別れ際に、お土産を持たせてくれました。こんなにたくさん……!!
スメについて知りたくて行った鰻地区でしたが、地元の人の素朴な優しさに触れて、のんびりとした気持ちになるような旅でした。寅さんの作中でも「鰻温泉だけはちっとも変わらない」なんて言われています。
『男はつらいよ 寅次郎真実一路』は33年前の1984年に撮影された映画ですが、もし現在この鰻地区に寅さんが歩いていても、のどかな街並みになじむことでしょう。
皆さんも、素朴な優しい風景に触れたくなったら、指宿市の鰻温泉へ行ってみてはいかがでしょうか!
最後までお見送りしてくれた和子さん。
ライター:ちえ(@kirishimaonsen)
編集:ノオト